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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2470号 判決 1961年8月25日

三井銀行

安田火災

事実

第一審原告(二、四八六号控訴人、二、四七〇号被控訴人)韮沢秀雄は請求の原因として、昭和二十八年四月二十七日、伊勢和子名義で、普通預金として、第一審被告株式会社三井銀行目黒支店に金五百万円が預け入れられたが、和子は同年十一月十六日右普通預金全額の払戻を受け、改めて金五百万円を定期預金として右目黒支店に預金し、同支店から無特B1号無記名定期預金証書の交付を受けた。その後第一審原告は昭和二十九年五月二十一日、和子に対し金百万円を貸与したが、同人は右借受金の返済を担保するため、右金五百万円の無記名定期預金債権を第一審原告に譲り渡し、同日到達の書面で第一審被告三井銀行にその旨を通知した。以上の次第であるから、第一審被告銀行は右無記名定期預金の債権者である第一審原告に対し、同預金五百万円を支払う義務を負うのであるが、第一審被告銀行はその主張のとおり、昭和三十三年十二月十二日債権者を確知することができないとして、同預金の元金及び利息合計金五百五十八万九千六百八十円を供託したから、右供託金の還付請求権は第一審原告に属すること当然である。ところが、第一審被告三井銀行はこれを右のとおり争うので、その確認を求めるため本訴に及ぶ、と主張した。

第一審参加原告(二、四七〇号控訴人、二、四八六号被控訴人)安田火災海上保険株式会社は主張として、同参加原告は、株式会社箱根高原ホテルとの間で、昭和二十七年十月三十日、十一月十八日、十二月一日の三回に亘つて、右箱根高原ホテルの建物、屋内設備、営業用什器、調度品一式等を保険の目的として、保険金額をそれぞれ金二千万円、一千万円、三百万円とする火災保険契約を締結した。ところで、右保険契約者箱根高原ホテルは形式上株式会社であるが、実質上その財産は、同会社の取締役である伊勢石蔵(昭和三十年七月十日死亡)の意思で自由に処分し得る状態にあつた。当時多額の負債の整理に苦慮していた石蔵は、前記保険の目的である建物等を焼却した上、保険金を騙取しようと考え、昭和二十七年十二月頃かねて知合の高杉要作に事情を告げて右建物に放火することを依頼した。同人はこれを承諾したが、実行するに至らず、昭和二十八年三月二十二日頃、石蔵とともに妻の弟である根本安義にその実行を依頼した。根本は、同月二十六日午前一時頃右店舗に放火し、そのため、同店舗、調理場および同建物備付の動産全部が焼失するに至つた。そして石蔵は、株式会社箱根高原ホテルの取締役として、第一審参加原告に対し、右物件の焼失は高杉および根本の過失によるものであるように装い、保険金の支払いを受けるのに必要な一切の書類を作成し、これを第一審参加原告に提出して保険金の支払を求めたので、同原告は、失火により右書面記載の損害が生じたものと誤信し、昭和二十八年四月十日、石蔵に対し、保険金の支払いとして、金額三千二百七十五万円、受取人株式会社箱根高原ホテルとの小切手一通を交付した。石蔵は右会社からこの小切手を譲り受けた形式をとり、同月十一日、この小切手を第一審被告三井銀行目黒支店にある自己名義の当座預金口座に振り込み、その小切手金を自己名義の預金とし、右金三千二百七十五万円を取得した。従つて、ここに石蔵は詐欺によつて第一審参加原告から本件保険金を騙取し、同参加人に同額の損害を加えたものというべく、同参加人に対し、その損害の賠償として金三千二百七十五万円を支払う義務を負つたものといわなければならない。

ところで石蔵は、昭和二十八年四月二十七日、さきに本件保険金を振り込んだ自己名義の当座預金口座のうちから、金一千四百万円の払戻を受け、うち一千万円を同日同支店に対し、伊勢和子名義および伊勢じゆん名義で普通預金として各金五百万円宛に分けて預け入れた。その後昭和二十八年十一月十六日、石蔵は、右二口の普通預金のうち伊勢和子名義の金五百万円の普通預金の金額払戻を受け、同時に、その金五百万円をいわゆる無記名定期預金として和子名義で預け入れ、同支店発行の無特B1号の無記名定期預金証書の交付を受けた。以上のとおり、これら普通預金並びに無記名定期預金は、名義こそ何れも石蔵の妻子の名義となつているが、これは石蔵が財産隠匿の目的で、ただ形式的にしたことにすぎず、その預金者は、実質上石蔵自身である。すなわち、本件無記名定期預金は、第一審参加原告が支払つた保険金によつてなされたものであるから、右預金の返還を求める債権は参加原告に属するものといわなければならないのに、第一審被告銀行は、その主張のとおり、昭和三十三年十二月十二日債権者を確知することができないとして、同預金の元金および利息合計金五百五十八万九千六百八十円を供託したから、右供託金の還付請求権は当然第一審参加原告に属するといわなければならない。ところが、第一審原告はこれを争い、さきに本訴で第一審被告銀行に対し本件無記名定期預金の返還を請求し、同被告銀行が参加原告との比較においてその処置に窮して、債権者を確知することができないとの理由で昭和三十三年十二月十二日同預金の元利合計金五百五十八万九千六百八十円を東京法務局に供託するや、右訴を変更して右供託金の還付請求権が第一審原告に属することの確認を求めるに至つたので、第一審参加原告は、第一審原告および第一審被告三井銀行に対する関係において、右供託金の還付請求権が参加原告に属することの確認を求める、と述べた。

第一審被告株式会社三井銀行は、第一審原告主張の事実に対する答弁として、昭和二十八年十一月十六日、被告銀行目黒支店に無記名定期預金として金五百万円が預金され、同支店が伊勢石蔵に原告主張の預金証書を交付したこと、および昭和二十九年五月二十一日原告主張のように右預金債権を第一審原告に譲り渡した旨の通知が到達した事実は認めるが、抑本件無記名定期預金債権については、被告銀行と預金者との間で譲渡禁止の特約が結ばれており、第一審原告はこのことを知りながら右債権の譲渡を受けたのであるから、右譲渡は無効であり、従つて、第一審原告は右債権を取得しないものというべきであつて、その請求は失当である、と述べた。

第一審被告三井銀行は、次に、第一審参加原告安田火災海上保険株式会社主張の事実に対する答弁として、伊勢石蔵が昭和二十八年四月二十七日被告銀行目黒支店に対する同人の預金のうちから金一千四百万円の払戻を受け、そのうち一千万円を金五百万円宛に分け、和子およびじゆん名義で普通預金としてそれぞれ預け入れたことは認めるが、被告銀行は、本件無記名定期預金の債権者が誰であるかを確知することができないので、昭和三十三年十二月十二日、その元利金五百五十八万九千六百八十円を東京法務局に対し供託した。従つて、被告銀行は右預金を支払う債務を免れ、この供託金が何人に還付されるべきかについて何らの利益も有するものではないから、第一審原告および第一審参加原告の被告銀行に対する請求は何れも失当である、と主張した。

理由

第一審原告(以下単に原告という)及び第一審参加原告(以下単に参加人という)の本訴請求の当否を判断するに当り、先ずその前提として参加人が訴外伊勢石蔵に対し保険金騙取による金三千二百七十五万円の損害賠償請求権を有するに至つたかどうかについて審按するのに、この点に関しては当裁判所も原判決理由、一、「保険金騙取」と題する項に説示するところと判断を同一にするから、ここにこれを引用する。そして、右認定事実によれば、参加人の右石蔵に対する前記損害賠償債権は、同訴外人が参加人振出、株式会社箱根高原ホテル宛の金額三千二百七十五万円の小切手を同会社から譲り受けた形式をとつて、これを第一審被告(以下単に被告という)三井銀行目黒支店にある自己名義の当座預金口座に振込み、以て右保険金全額を同銀行に預金した昭和二十八年四月十一日頃までに既に成立していたことは明らかであり、右石蔵が昭和三十年七月十日死亡し、訴外伊勢じゆんがその配偶者として、訴外伊勢和子がその子として亡石蔵の権利義務を相続により承継したことは証拠によつて認めることができるから、右じゆん及び和子は参加人に対し前示損害賠償債務を負うに至つたというべきである。

ところで前記引用の原判決の認定した事実によれば、訴外伊勢石蔵は参加人会社係員を欺罔して、火災保険金支払名義の下に箱根高原ホテル宛金額三千二百七十五万円の小切手一通の振出交付を受け、右小切手を同会社から譲受けたような形式をとつた上、これを被告銀行目黒支店にある自己名義の口座に振込んで右保険金全額を同銀行に預け入れたものであるが、証拠を総合すれば、伊勢石蔵は昭和二十八年四月二十七日前記被告銀行目黒支店の自己名義の当座預金口座から金一千四百万円の払戻を受けると同時に、同支店に対しその内金五百万円を娘伊勢和子名義で、内金五百万円を妻伊勢順子ことじゆん名義でそれぞれ普通預金として預け入れたことを認めることができる。

しかして、証拠によれば、伊勢和子は前示昭和二十八年四月二十七日に預入れられた同人名義の普通預金については何等関知していなかつたことが認められ、さらに他の証拠をも総合するときは右和子名義の金五百万円の被告銀行に対する普通預金は、伊勢石蔵が財産隠匿の目的で和子の名義を借りたに過ぎず、その実体上の預金債権者は石蔵自身であると認めるのが相当である。

さらに当裁判所は、本件無記名定期預金「無特B1号」の預金債権者もまた石蔵であると認めるのを相当と判断するが、その理由は、原判決理由中に説示するところのほか、以上述べるとおりである。

すなわち、証拠によると、本件定期預金は預金証書に預金者氏名を記載しないものではあるが、債権譲渡禁止の特約があるばかりでなく、その払戻には単に預金証書を呈示するだけでは足りず、預金証書と共に預金の際被告銀行に届出ておいた印鑑と同一の印章を呈示使用することを要するものであることが認められるから、いわゆる無記名定期預金というべきところ、このような無記名定期預金においてはその債権の性質は無記名債権ではなく、一種の指名債権であると解すべく、届出印鑑はひつきようその無記名定期預金債権自体を特定し、預金払戻等につき預金当事者を保護する手段たるに止まり、預金債権者の氏名を特定するものでないから、当該無記名定期預金の債権者が何人であるかは、特別の事情のない限り現に自らの出捐により預入銀行に対し預金契約をなした者が何人であるかの事実認定の問題に帰着する。そして、原判決の認定事実によれば、前示金五百万円の普通預金の預金者即ち債権者である石蔵が右普通預金を本件無記名定期預金に変更したものであり、特に和子が受贈その他なんらかの原因により右無記名定期預金債権を取得した事実を認むべき特段の事情はないというべきであるから、たとえ右無記名定期預金の預入に際し石蔵が和子名義の印鑑を用い名義人和子とすることを被告銀行係員に対して依頼した事実があつても、石蔵が当該無記名定期預金契約の主体たることを否定せしめるものでないといわなければならない。

してみると、本件無記名定期預金の債権者が和子であり、同人から当該預金債権の譲渡を受けたことを前提とする原告の本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

次に、被告銀行が昭和三十二年十二月十二日本件無記名定期預金の債権者が何人であるかを確知することができないことを理由に当時の元利金五百五十八万九千六百八十円を東京法務局に供託したことは当事者間に争いなく、これより先昭和二十九年二月十七日参加人が伊勢石蔵を債務者、被告銀行を第三債務者として前示無記名定期預金債権につき債権仮差押命令を得、翌十八日該命令正本が被告銀行目黒支店に送達せられたことは、証拠により明らかである。

ところで被告銀行が前示供託をなすに至つた経緯について考察するに、証拠を総合するときは、参加人の方では本件無記名定期預金の権利者が石蔵であることを前提として前示仮差押の執行に及んだものであるところ、被告銀行としては本件無記名定期預金の預入の手続をした者は石蔵であつたが、届出印鑑は和子名義を使用しており、また、預金証券及び届出印鑑の現実の所有者がその何れであるかも判明しなかつたので、該仮差押表示の債務者(石蔵)が右無記名定期預金の権利者であるかどうか、俄かに断定し難い旨回答しておいたところ、一方伊勢和子は右預金権利者は自分であると主張し、且つ前記石蔵に対する仮差押命令の効力は被差押当事者外の和子に及ばないとの法的見解にもとずき、同年五月右債権を原告韮沢に譲渡したとして、被告銀行にその旨を通知し、原告からも本件無記名定期預金の払戻請求を受けるに至つたため、ここに被告銀行は右預金権利者は何人であるか確知し難いとして前示弁済供託に及んだ経緯を認めることができる。

そして、かかる事情の下になされた右供託は民法第四百九十四条後段の要件を具備するものとして適法なものというべきである。参加人は、右供託前既に前示仮差押執行のなされている以上、右供託を以て差押債権者たる参加人に対抗し得ない旨を主張するけれども、本件供託は民法第四百九十四条後段による供託であり、このような場合たとえ預金債権者と主張する一方に対する仮差押が執行中であつても、同条後段に該当する限り、これが弁済供託をなすことは妨げないと解すべきである。けだし、若し供託を許さないとすれば、真正の債権者が何れであるか確定しない限り、第三債務者はいつでも弁済債務者としての浮動的地位を免れないことになつて、誠実な第三債務者に不当な責任を負わせることとなると共に、他方仮差押命令は第三債務者に対し、差押命令表示の債務者に対する支払を禁じているが、係争債権者の何れかに対して支払う趣旨の弁済供託まで禁止するものとは解されないからである。

してみると、被告銀行は前示供託により何人に対しても本件無記名定期預金払戻債務を免れ、当該預金債権はここに消滅し、ただ従前の預金債権者はこれに代る右供託金の上に還付請求権を取得する筋合である。従つて、前示預金債権の存在することを前提とし、右預金債権につき、原告韮沢が返還請求権のないこと、並びに参加人が亡石蔵の相続人じゆん及び和子に代位して右返還請求権を有することの右確認を求める参加人の請求は何れも失当として棄却を免れない。

しかし、上来説示して来たところによれば、元来本件無記名定期預金の債権者は伊勢石蔵であり、昭和三十年七月十日同人の死亡による相続開始の結果訴外伊勢じゆん及び伊勢和子において右預金債権を承継したこと、従つて前示昭和三十三年十二月十二日の供託による消滅当時の本件無記名定期預金の債権者は右じゆん及び和子の両名であつたことは明らかであるから、結局右両名はその相続分に応じ右預金に代る前示供託金の還付請求権を有するものといわなければならない。

ところで証拠によれば、石蔵の生前当時はもとより、同人の死亡により参加人に対する金三千二百七十五万円の損害賠償債務を承継した前記じゆん及び和子においても、現に有する資産を以てしては前示莫大な債務を完済するには程遠いものであること、従つて参加人においてその権利を代位行使しなければ、自己の債権の満足を得られない状態にあることが認められる。

しかも原告及び被告が右供託金還付請求権の帰属を争う以上、参加人が前記債権を保全するため亡伊勢石蔵の相続人伊勢じゆん及び伊勢和子に代位して被告銀行が昭和三十三年十二月十二日東京法務局に供託した本件供託金並びに法定利息の還付請求権を有することの確認を求める参加人の請求はこれを認容すべきものである。

以上のとおりであるから、原告韮沢及び参加人安田火災海上保険株式会社の請求を全部棄却した原判決は一部不当であり、参加人の請求を前記の限度において認容する。

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